雑司が谷を歩く 1 旧宣教師館

  • 2012.10.09 Tuesday
  • 01:00
今日は大塚の帰り、高田の馬場の古本屋に行きます。でもその前に、例によって時間の許す限りの徘徊です。

まずは都営荒川線に乗り、雑司が谷で下車します。
雑司が谷の駅は、車で “ あうるすぽっと ” に行く時によく通るのですが、都会のまん中にポツネンとあるローカルな雰囲気の無人駅が、印象深く感じていました。隣接する雑司が谷霊園は、広大な敷地面積を持つ霊園で、沢山の著名人が眠ることでも有名です。

目的地は、霊園ではなくその先にある『雑司が谷旧宣教師館』です。
旧宣教師館へは、霊園を迂回すると遠回りになので、霊園内を通らせていただきます。

霊園の案内図には、ジョン万次郎、遠山の金さん、夏目漱石といった方々のお墓の場所が記されています。ファンの為には必要な掲示なのかも知れませんが、微妙な感じ。霊園内を放射状に走る道を真っ直ぐ行けば、目的の宣教師館に出るはずが、間違えて斜めに進んでしまい、夏目漱石さんのお墓の前を通過する形になりました。キチンと参拝するつもりで伺ったわけではないのに、手を合わせるのも何だか違うような気がしたので、一礼して失礼しました。

【雑司が谷旧宣教師館】
雑司が谷旧宣教師館は、
1907年(明治40年)に、アメリカ人宣教師マッケーレブが自邸として建てたもので、区内で現存する最古の近代木造洋風建築です。
現在は東京都指定有形文化財(建造物)として豊島区が管理しています。

あいにく事務棟建替え工事の為、今年(2012年)の7月から休館中になっていて、館内には入れませんでした。
工事は、来年(2013年)2月下旬に終わるのだそうで、
今日は外から眺めて帰ります。


      ↑ 何故か、騒音検知器が設置されています。


【おばあちゃんのおはなし会】
旧宣教師館では、“ 『赤い鳥』を語り継ぐ、おばあちゃんのおはなし会 ” が、開催されていましたが、休館中は雑司が谷区民集会室で行われています。

児童雑誌『赤い鳥』は、小川未明をはじめ、芥川龍之介、北原白秋、泉鏡花、久保田万太郎、久米正雄など数多くの作家が作品を寄稿しています。

“ 『赤い鳥』を語り継ぐ、おばあちゃんのおはなし会 ” は、それらの作品を、詩人の小森香子さんが朗読してくださるのだそうで、素敵な洋館で、上質な童話に触れられる企画は素晴らしい。小川未明は、小さい時に良く読んでたので、う〜んと懐かしい。久米正雄も『赤い鳥』に作品を寄稿していたそうで、奇妙な縁を感じます。
来年、館が再開したら、是非参加したいと思います。

散歩の戦利品

  • 2012.10.06 Saturday
  • 20:22
鬼子母神の木菟ラーメンで、坦々麺を食べてしまったので、いつもより歩こうと決心。
 
鬼子母神から、千登世橋を降りて明治通りを歩きます。
 
面影橋を抜けて、甘泉園公園の中を散歩して、早稲田通りに出ます。
 
早稲田通りをブラブラ歩いていたら、穴八幡宮という神社がありました。
 
境内に入ってみると…。               うわあ〜。古本市です!!

 
お〜お〜、気になる本が沢山。
一生懸命歩いていたら、素晴らしい宝物に出会いました。穴八幡宮に来たのも偶然だし、今日、神社で古本市をやってるのも知らなかったんですもの。
奇跡としか言いようがありません。

里見先生のご本
『私の1日』『今年竹』『桐畑』『道元禅師の話』『十年』『妬心』『山ノ手暮色』『五代の民』 全部で8冊、初版本もあります。

追加で武者小路実篤さんの『初恋』も購入。
しめて2,600円でした。
宅配便のサービスもありますが、やっぱり帰ったらすぐに読みたいもの。もちろん欲と二人連れで、自力で持ち帰ります。

雑司が谷 鬼子母神

  • 2012.10.06 Saturday
  • 16:45
都営荒川線、鬼子母神駅で降りてみました。
昔、未来劇場のアトリエ公演を見に来て以来だから10数年ぶりかしら。荒川線に並行する道路の拡張で、すっかり様変わりしてしまって未来劇場のアトリエがあった場所がわかりません。
しょうがない。真っ直ぐ鬼子母神へ行ってみよう。
ここで素朴な疑問にぶち当たる。
鬼子母神って、きしもじん? きしぼじん?
都営荒川線の駅名は「きしぼじんえき」になってたけど鬼子母神は、「きしもじん」と称している。
そんなことを考えながら、参道を歩いていたら…
路地に柄がお揃いのにゃんこ 手前の子は若くて、奥にいる子はお年寄りっぽい
座り込んでにゃんこを眺めていたら、後から「にゃ〜」という鳴き声が… このにゃんこも反応してる。
振り返ると、おばあちゃまがワタシの後にいて、猫の鳴き真似をしてました。
「あなたも猫好きなの? 私も大好き。雑司が谷って猫が似合う町だわね」と笑ってる。

おばあちゃまから、この界隈の話を聞きました。もうすぐお会式があるんですって。
「おえしき」っていう言葉が聞き取れなくて、何だろうと思ってたら。
「あれ、あれ」と指さされた家の玄関先に、四角い箱が。
 
玄関先に貼ってあったお会式のポスター

豊島区のホームページによると、お会式とは
「享和・文化文政の頃から日蓮上人の忌日を中心とした、毎年10月16日から18日に行われている伝統行事です。白い和紙の花を一面に付けた、高さ3〜4メートルの万灯を掲げて、団扇太鼓を叩きながら鬼子母神まで練り歩きます。万灯が幻想的な夜の練り供養をまだ見たことがない方は、今年こそぜひご覧ください。」とのことでした。

おばあちゃまの話では、毎年この時期になると、白い花を一緒に作ってくれる人を募集するんですって。凄い沢山作らなければいけないから大変らしい。

白い花って、運動会の時に作ったあの花のことみたい。
楽しそうだよね。来年、参加してみようかなぁ。

 
境内の前までやってきました。絵を描いているおじいちゃまがいます。あっちにも、こっちにも。
サークルなのかな。皆でこうして集まって絵を描くなんて、楽しそう。
あっ、妊婦さん。安産祈願だよね、きっと。
 
創業んん十年の駄菓子屋さんの店先の駄菓子が並んでいる棚に、ご主人の相棒のにゃんこが寝ています。
 
『鬼子母神名物おせんだんご』
おせん団子の名前は、鬼子母神に千人の子どもがいたことにあやかり、たくさんの子宝に恵まれるようにという願いに由来しているそうです。

『すすきみみずく』
すすきみみずくは、豊島区の郷土玩具で、ススキの穂を束ねて作られたみみずくの人形なんですって。昔々、貧しくて病気の母親の薬が買えなかったお久米という女の子が、鬼子母神に毎日お百度参りを続けていました。お参りをして100日目、お久米の夢の中に鬼子母神が現れて、「ススキの穂でみみずくを作り、それを売って薬代にしなさい」と告げました。お久米はお告げに従い、鬼子母神の境内でススキみみずくを売ったところ、飛ぶように売れて、薬を買うことが出来たというお話。

そういえば、豊島区ってみみずく(ふくろう)が、多用されていますよね。
豊島区のシンボルはみみずく(ふくろう)だし、池袋駅の東口の待ち合わせスポットは「いけふくろう」だし。それから、舞台芸術交流センター「あうるすぽっと」のマークもふくろうだったっけ。右がそのマーク。
凄くいいデザイン、大好きです。(※ owl(あうる)はふくろうの意)

豊島区とふくろうのつながりは、
豊島区の形が、ふくろうが羽を広げているような形だというのも関係しているらしいけど、やはり鬼子母神の『すすきみみずく』が始祖だと思います。

 
境内を出たところ。左側はマンション、右側には平屋という好対照な建物があります。平屋は、それはレトロな仕立て屋さんでした。窓から時代を感じさせるミシンが見えました。
鬼子母神か、いい感じの街だなぁ。次回は、お会式に来よう。うん絶対。

リコリス ( 彼岸花 )

  • 2012.10.06 Saturday
  • 14:58
どら にフラれてトボトボ (笑) 歩いていたら、彼岸花を見つけました。
本来、彼岸の頃の短い時期に咲く花のはずが、
今年の開花はちょっとずれているのかな。

そういえば最近、あちこちの庭先で、彼岸花を目にするようになりました。

古いタイプの人間なので、彼岸花(曼珠沙華)は、「普通の家の庭先には植えてはいけない」と、教わって育ちました。
大昔、土葬だった頃に、害獣からお遺体を守る為に墓地に植えられたとも聞きました。お寺でよく見かける花で、彼岸花というネーミングからして、霊にまつわるイメージもありました。薄暗い湿気た場所に似合う様子も、敬遠される理由かも知れません。

しかし最近では、観賞用に人気があるそうで、品種改良されたピンクや白い彼岸花が“リコリス”というお洒落な名前で、売られています。

彼岸花が、忌み嫌われたのは昔の話なのかも知れません。

※ クリックすると大きな画像になります。

水稲荷神社

  • 2012.09.11 Tuesday
  • 18:54
甘泉園公園の隣に、水稲荷神社があります。
天慶4年(941年)俵藤太秀郷朝臣が旧社地の富塚の上に稲荷大神を勧請し、古くは「富塚稲荷」「将軍稲荷」と言われました。江戸中期境内の大椋に霊水が湧き評判を呼んだことが、名前の由来の一つだそうです。

【堀部安兵衛の碑】
「おっとり刀で駆けつける」という表現で御馴染みの
『堀部安兵衛の碑』がありました。

筋書きは、ざっくり言うとこんな感じ。
叔父・甥の契りを交わした管野六郎左衛門が決闘を行うと聞いた中山(堀部)安兵衛は、「すわ一大事」とばかり慌てて高田馬場に駆けつける。途中、酒屋に立ち寄り景気付けに枡酒をガブガブガブと三口で飲み干し、刀の柄にブワーッと霧吹きして、おっとり刀で駆けつけるやいなや3人を斬り倒した、というもの。
いかにも江戸っ子が好きそうな話。

「おっとり刀」というのは、刀を鞘におさめるのも もどかしく、手に持ったまま走る様をいう言葉。
“ おっとり ” から “ ゆっくり ” を連想する人がいるけれど、逆なんだわね。(笑)

この決闘で活躍した安兵衛が江戸中に評判になって、後に講談や芝居の題材になりましたが、いつのまにか3人斬りが18人斬りに盛られてしまいました。
安兵衛は、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)切腹後、吉良邸に討ち入った功績が称えられ、明治43年(1910)に『安兵衛の石碑』が建立されたんですが。旧高田馬場、現在の茶屋町通りの一隅にあった石碑は、昭和46年に現在の水稲荷神社の移されたんだそうです。

堀部安兵衛が酒を飲んだという酒屋『小倉屋』さんは、江戸時代から320年続く老舗で現在も営業中。
当時の枡も、大切に保管されているそうです。
これが、その枡


【太田道灌 駒繋松(こまつなぎまつ)】

山吹の里で狩をした太田道灌が、馬とつないだ松と云われています。でも三代目と書いているので、ハッキリ言っちゃえば、道灌様が馬をつないだ松とは、全然関係ないのよね。(笑)

太田道灌にまつわる話は他にもあって、ひとつは『道灌つかみさしの榎』という話。

これは水稲荷神社の名前の由来にもなっていて、あるとき太田道灌は、狩の記念にと、採取した榎を冨塚古墳のそばに植えました。後に この話を聞いた関東管領の上杉良朝が、この榎をご神木として稲荷神社を再興しました。元禄15年(1702)道灌が植えた榎の空洞から霊水が湧き出し、この水で眼を洗ったところ、眼病がたちまち治りました。これが江戸市中で大評判となり、多くの人に親しまれるうちに『水稲荷』とよばれるようになりました。というもの。
現在でも『水稲荷神社』は、水商売や消防にご利益があると言われているそうです。

最後にもうひとつ、『七重八重 花は咲けども山吹の みのひとつだに なきぞ悲しき』の古歌で知られる逸話ですが、これも一説では高田馬場が狩場だったと言われています。

内容は、こんな感じ。
鷹狩に出かけていた道灌が俄雨にあい、とある農家に立ち寄って雨宿りした際、蓑を貸して欲しいと頼んだところ、出てきたその家の少女が、庭に咲いていた今を盛りの山吹を一枝切って差し上げました。

道灌は、これを不快に思って帰還しましたが、後に、老臣から、その少女が古歌「山吹の歌」に事寄せたものであることを諭され、自らの無学を恥入り、それ以来、和歌の道に励み、その道の達人になったという話です。

山吹の『実』と、蓑(みの)をかけて、「ウチは貧乏で、お貸しする蓑もないことを悲しく思います。」ということなんだそうです。
しかし、この話の舞台となった里は、早稲田の他にも、荒川区の町屋だとか、神奈川県の六浦だとか、色々な場所があがっているそうです。桃太郎伝説とか、卑弥呼とかと同じなんですかね。

【移設されてきた遺跡】
水稲荷神社の旧社地は、現在の早稲田大学9号館の裏手にありまして。早稲田大学の拡張に伴い、神社は現在の場所に引越したのです。それと同時に境内にあった富塚跡や高田富士塚跡などの遺跡も全部移築されて復元公開されたんですって。

堀部安兵衛の石碑も、元は違う場所にあったわけだし。その他、現水稲荷神社の境内にある『三島神社の石の小祠』も『北野神社』も『聴松亭』だって、他所からここに移されたものだし、神社の名前の由来である“霊泉の湧水”も、この地に湧き出したワケではない。考えてみると、色々なご利益あるものが集結した素晴らしい神社と言えるのではないかしら。
水稲荷神社
新宿区西早稲田3-5-43
TEL:03-3200-4621

甘泉園公園

  • 2012.09.11 Tuesday
  • 10:47
腕の良いリハビリの先生がいると聞いて、大塚にやってきました。
鎌倉に行ってから、あちこち痛くなっちゃったものだから…。
診察して下さった院長先生は凄く丁寧です。その院長が全幅の信頼をおいているという、リハビリの先生は神の手の持ち主でした。
大塚は、通うには少し遠いけど、この際だから腰痛の持病を含めて全部治していただこうと思います。

…で、初日の今日あたりはフラフラしないで、真っ直ぐウチに帰ればよさそうなものだけれど、
大塚駅で “ 都電 ” を見たら乗りたくなって。
 
【甘泉園公園】
早稲田駅に貼ってあった地図で、公園を見つけました。元々、清水家の下屋敷にあった回遊式庭園が、とても綺麗に保存管理されています。屋敷にあった湧水がお茶に適していたことから「甘泉園」という名称がついたのだそうです。
※ 下の写真をクリックすると、LiteBoxの大写真が見られます。
日本庭園入口(新目白通り側)
竹垣が、綺麗に整えられてる。
これだけ広い池があっても蚊が一匹もいない。
ボウフラ対策とかしてるんでしょうか。
松も紅葉もきちんと剪定されてる。
本当に武家屋敷にタイムスリップしたみたい。
新目白通り口から公園の端まで歩くと、フェンスに突き当たります。見降ろすと、かなり高低差があって、下に環状4号線が見えます。 環状4号線から、左の場所を見上げると、こんな感じ。凄い高さの盛り土になっているのよね。
この踏み石の先に階段があって、
環状4号線に降りられるようです。
庭園内は、下草まで綺麗に整えられています。

出入り口に、こんな看板が
ありました。

『へびを見つけても、
 刺激しないでください。
 毒はありませんが、噛まれ
 ることがあります。』

ワイルドな公園よね。
残念ながら、へびには遭遇できませんでした。

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